トイレの神様
2010年になって、にわかに注目を集めヒットしている曲があります。皆さんもすでにご存知かと思いますが、植村花菜さんが歌う『トイレの神様』です。
これは植村さんの実体験の曲だそうで、小さい頃おばあちゃんと暮らしていたときの思い出や、おばあちゃんの死が歌われています。その中に、トイレ掃除が苦手な幼い頃の植村さんにおばあちゃんが言った歌詞があります。
『トイレには、それはそれはキレイな女神様がいるんやで。だから毎日キレイにしたら、女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで』
このことをおばあちゃんから聞いてからは、小さかった植村さんは、べっぴんさんになるため、そして気立てのいいお嫁さんになるため、せっせとトイレをピカピカにしていたようです。
わが国では、古くから「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言われるように、存在するあらゆるものに神様が宿っておられると考えられていました。自然の中の川や花や森に限らず、当然家の中にも多くの神様がいらっしゃると信じており、台所で使う火には「火の神様」が、水には「水の神様」が、そして便所には『便所神様』がいらっしゃると信じられ、信仰されてきました。
今でこそほとんどのトイレが水洗で、不浄というイメージはあまり持たれていないトイレですが、トイレというより便所と言ったほうがぴったりくる時代には、そこは暗く汚い場所で、恐ろしさや不浄といったまさに『陰』
の場所でした。その頃は、便所はこの世とあの世との行き来が出来る特別な空間であり、だからこそ便所神様をお祀りしてきたのです。
便所神様のお祀りの仕方は地方によって様々なようですが、便所に神棚を設置し、神社やお寺からいただいてきた御札や幣束(へいそく)をお祀りしているようです。その御神徳は『安産』に関することが多いようで、そこから民間伝承として、『トイレをきれいに掃除すると、かわいい赤ちゃんが生まれる』 『お産が楽になる』 などの言い伝えとなって現在に至っています。
便所には2柱の女神様がいると信じられています。
おひとかたは 『水波能売神』(みずはのめのかみ)です。井戸神様としても信仰される、乙女の姿 をしているとも考えられている水の神です。水はすべての命にとって大切なものであり、そこから『母神』信仰も生まれたようで、古くから子授けや安産の神様
として信仰されています。
もうおひとかたは 『埴山姫神』(まにやまひめのかみ)です。埴の字からもわかるように、赤土の粘土を意味する陶器の神様であ り、そこから農耕とかかわる土の女神とされています。
さて、この2柱の女神様、そのお生まれは共に母神である 『伊邪那美命』(いざなみのみこと)が陰 部を火傷し、それが元で死ぬ間際にお漏らしになった尿と糞からお生まれになったとされており、それが民間では『便所神』として信仰されてきた所以なので
しょう。神仏習合の経緯からか、上記の2柱の女神様の他に、古くから信仰されてきた『便所神様』がいらっしゃいます。それは 『烏枢沙摩明王』(うすさ
まみょうおう)です。天台宗における密教の五大明王の一尊に数えられており、本来は火の神様ですが、人間界と天上界の間で、せまりくる怨霊や邪気を明王の
火炎によって、その不浄を清浄にするとされ、そのことが不浄の場所であり、あの世とこの世の行き来が出来る場所とされた便所の神様として崇められた所以で
しょう。
このように、『便所神様』には、神道系と仏教系の神様がいらっしゃるようですが、いずれにしても、我々が毎日必ず使用するトイレをお守り になっていただいている神様たちに不潔な思いはさせたくないものです。 そして、家の中でもっとも不浄な場所であるからこそ、そこをいつも綺麗に掃除して
ある家庭には、神様からのお恵みがあるのかもしれません。